【創作童話】スカガニこたろう

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― スカガニ こたろう ― (ある古老の昔ばなし)

そのむがす、閖上(ゆりあげ)がまあだ東多賀村ど呼ばれでおった頃のはなすだ。ゆりあげの浜さ“須賀がぬ”(スカガニ)が居ってな、砂ん中さ穴掘って暮らすておった。ひんまは穴ん中で寝でおって、夜んなっと出できてエサばあさんだ。浜さ流れできたモグばひっくり返すど、そごさよぐスカガニ居だもんだ。モグさ付いでるトビムシだのイサダだのば食ってだんだっちゃな。スカガニは砂どそっくりの色すてっから見っけんのも容易でねんだげっとも、こいづらがまだえらぐすばすっこくってな、人来っつど目の前がらパッと消えですぐ穴さ隠れですまんだ。お月さん出でる晩など影だげ走えであるぐようぬ見えっから、村のしたずはみんな気持悪がってな、“幽霊がぬ”って呼んでだんだ。
んだげっとも、わらすこめらはスカガニが大好ぎだった。大っきな目ん玉ピンと立でで、「来んな!来んな!」ってハサミば振りまわすかっこがおもしえどってな、わらすこめらはむがすっから浜でスカガニば追っかげで遊んでだんだ。んだげっと、わらすこさかんたんぬ捕まるようなスカガニでねえ。アッという間ぬ穴さ隠れですまうんで、わらすこめらは白い砂ば穴ん中さ入れで、そいづばたよりぬ掘っていぐんだ。一尺も掘れば、黒っぽぐ色変わってくっからな、そんどぎ白い砂が目印んなるってわげさ。ま、そいなわげで、スカガニつかまえだわらすこは、すっかり英雄気取りだった。
その頃の村は貧すくてな、病気んなってもくすり買う金もねがったんだど。そいな時、村さこいなうわさがひろまった。「スカガニ食うど、病気治んだど。風邪ひぎさも効ぐんだどや..」。そいづば聞いだ村のしたずは片っぱすがらスカガニば捕ったんだど。ながぬは、“ガニ捕り”って言われるよそもんまで現れで、捕ったスカガニば売って歩いだそうだ。浜の漁師の家さは囲炉裏あってな、病人出っつど捕ってきたガニば囲炉裏で焼いで、そいづばこなぐすりぬすて飲ましぇだんだど。何の因果が、スカガニさは気の毒なはなすだ。
浜で漁師やってだ源さんて爺んつぁんが居ってな、孫の芳蔵とふたんで粗末な小屋で暮らすておった。秋も深まった頃、源さんが浜さ出で焚ぎつけ集めでっと、モグの陰でごそごそ動ぐものあんだど。傍さ寄ってよっく見っつど、そごさちゃっこいスカガニが居だんだど。寒んむぐなればスカガニはおがの方さ上がっていって、そごさ深え穴掘って冬眠すんだって聞いだげっとも、親さはぐれだガニは浜さとり残さって、モグん中でエサば探すてだんだべな。そのガニは、青くて透ぎどおったとぐべづ美すい色をすておったそうだ。源さんはちゃっこいガニが哀れんなってな、家さ連れで帰ったんだど。
孫の芳蔵は、「爺っちゃん、こいづば飼ってもいいべ? オラ、こいづの面倒みっから!」って、そいづはもうえらい喜びようだったど。そうすて、ガニさ“こたろう”って名前まで付けだんだど。源さんはこたろうのためぬちゃっこい砂小屋ばつぐった。その日がら、芳蔵はせっせどこたろうの面倒ばみだんだどや。イサダだの、トビムシだのば捕ってきて、「こたろう、食え!」って、毎日、エサば与えだんだど。「芳蔵、こたろうは冬眠すんだがらもういいんでねえのが」って源さんが言っても、「オラ、こたろうの面倒みんだがら!」って、ながなが言うごど聞がねがったそうだ。
春んなって、ハマボウフウが芽え出す頃んなるど、源さんは芳蔵さ向がってこう言ったんだど。「芳蔵、こたろうば放すてやっぺ。親も兄弟も待ってっぺがらな」って、優すぐ芳蔵ば諭すたそうじゃ。すぐぬは承知すねがった芳蔵も、すばらぐ経ってがら、ひとんでこたろうば浜さ放すてきたど。
それがら二年ばり経った秋のごど、村さ悪い病気がはやってな、芳蔵も病気さかがって寝込むようんなったんだど。源さんのとぼすい稼ぎじゃ、医者さ連れで行ぐごどもくすり買うごどもでぎねえ。くすり代借りさ行っても、「オラんどごも、病人抱えでんだがら」って、請げあってくれる村のしたずは誰もいねがったそうだ。芳蔵のぐあいは悪ぐなる一方で、困り果でだ源さんはふとスカガニのごどば思い出すたど。「スカガニ捕っさ行ってくっぺがな。いやいや、そいなごどすたら芳蔵ば泣がせるごどんなる..」。源さんは、来る日も来る日も悩んでおったど。
ある晩おそぐ、寝でいだ源さんの耳さ「ゴソゴソ」、「バチバチッ!」どいう聞ぎづげねえ物音が聞こえだそうじゃ。音のする方さそおっと行ってみっつど、なんと!スカガニが囲炉裏のそばさ集まってで、つぎつぎど囲炉裏さ身い投げでいだんだど。「なんだべ、まず!」ど驚ぐ源さんのまなぐさ、青ぐ透ぎどおったとぐべづ美すいガニがはっきりど見でとれだそうだ。「もすや!」ど源さんが声出す間もなぐ、ガニは火ん中さ飛び込んだんだど。
はやり病いが治まった頃、村さまだ、こいなうわさがひろまっていだど。「あの晩、オラ、不思議なものば見だ。お月さん出でる晩だったがら、はっきりど見えだんだ。スカガニがぞろぞろ歩いでおった。どごさ行ったがわがんねげっと、青い光ん中で、それはそれは神々すいながめだった。あれがら間もなぐ、源さんどごの芳蔵も雄作丸の婆んつぁんも、みんな元気んなった。もすがすっと、“幽霊ガニ”は 神様がすがだば変えでだのがもわがんねど」。「んだなあ。“幽霊ガニ”はほんとは“神様ガニ”でねえのが。」

源さんは、あの晩のごどは芳蔵さは話さねがったそうだ。内緒で「こたろうのお墓」ば海見える丘さ立ででな、時おり手を合わせでおったそうだ。まんずな。 (おすまい)
(注) ・須賀蟹(スカガニ)= 須賀(すか)は宮城県名取市閖上浜の地名で、ここに生息していた カニを土地の人はスカガニと呼んでいました。 ・スカガニ= 標準和名は「スナガニ」。