【創作童話】ムササビのとびじろう

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ムササビのとびじろう

そのむかし、それはまだ高舘(たかたて)の森にムササビが住んでいたころのお話です。 ムササビのとびじろうは、ナラやクヌギの枝から枝をまいにち元気に飛びまわ っておりました。ある日のこと、遠くに光るみずうみを見つけたとびじろうは、 どうしてもそこに行ってみたくなりました。
イカダに乗って増田(ますだ)川(がわ)をくだると、ヨシに囲まれた広~い池に出ました。そこ は広(ひろ)浦(うら)という海につながる入り江でした。カニがあそんでいる水ぎわをぬけてクロマツの林をどんどん行くと、きゅうに目の前がひらけて広々とした砂原と大きなみずうみがあらわれました。そうです。そこは閖上(ゆりあげ)の浜で、とびじろうが見た光るみずうみはじつは海だったのです。
どこまでもつづいている砂浜と青い大きな海原、空にはヒバリも鳴いておりました。はじめて見る景色に目をまあるくしているとびじろうの足もとでだれかの呼ぶ声が聞こえました。
「あんだ、どっから来たの?」.. 声のする方をよく見ると、濃い緑の葉の上に白い帽子のような花をつけたハマボウフウが呼んでいたのです。
「おら、ふうこ。ずうっと前からこごさいんの。あんだのお話、聞かせで!」..
とびじろうは高舘の山や森のこと、“なっつあんさま”(熊野(くまの)那智(なち)神社)のこと、自慢の空中飛行のことなどをふうこに話してあげました。
「空ば飛んだら気持ちいいべねえ。おらも行ってみでなあ」.. ふうこはうらやましそうに言いました。
そのとき、波打ちぎわの方がきゅうに騒がしくなりました。そこであそんでいた子どもたちが、「こっぱはじきだ、こっぱはじきだ」とはやしたてているのです。なんだろうととびじろうが近づいてみると、そこにはエビのような変なかっこうをした生きものがゴソゴソ這いまわっておりました。
それは浜の漁師が「こっぱはじき」と呼んでいる生きもので、身を守るためにからだをまるめて勢いよくはじけるのでその名がついたのでした。
「やれ、やれ!」、「ほれ!」
ひとりの子どもが竹の棒でこっぱはじきをたたこうとしました。
「やめで、やめで!ほいなごどしたら死んでしまうべ!」
とびじろうは自分のことも忘れて子どもの腕に飛びつきました。
「はやぐ逃げろ!はやぐ!」
子どもがひるんだすきに、こっぱはじきは海の中に入っていきました。
「おら、かまたろうだ!おら、今日のごど忘れねがら!」
ふり返りながら、こっぱはじきはそう叫びました。
遠くでそれを見ていたふうこがとびじろうに言いました。

「とびじろうさん、かまたろうたちはいっつも暗い海の底さいで、ときどき浜まで遊びさ来んの。あぶねどごって分がってんのに」..
とびじろうは陽が沈みかけた浜辺でじっと海を見つめておりました。

そんなことがあってしばらく経ったある晩のことです。

山に嵐が吹き荒れました。吹きつける雨や風に、森のムササビも樹の洞穴でじっと身をこごめておりました。ところが、強い風に倒された樹の洞穴から放り出され、とびじろうは川に落ちてしまったのです。
水かさを増した川は濁流になって、とびじろうをいっきに海まで押し流してしまいました。真っ黒な海で荒れ狂う波にもまれながら、とびじろうは必死に助けを求めました。でも、その声もゴウゴウとうなる海の音に消されて、だれの耳にもとどきませんでした。
「もう駄目だ」.. とびじろうは目を閉じかけました。 と、その時です。一本の流れ木がとびじろうのからだに触れたのです。とびじろうは必死にその木にしがみつきました。 するとどうでしょう。その木が浜に向かって少しずつ、少しずつ動いていくではありませんか。木にはたくさんのこっぱはじきが取りついてギザギザのからだをつなぎあい、まるで鉄のくさりのように長くつづいているのです。その先は浜の方まで伸びていて、先頭のひときわ大きいこっぱはじきがハマボウフウの根元にしっかりとしがみついていたのです。
そうです。それはあのかまたろうのお父さんでした。
「離すなよー、離すてわがんねどー!」
「引っ張れー、引っ張れー!」
ハマボウフウたちもまた、砂の中に伸ばした根をしっかりからませて、 「動ぐなよー!動いでわがんねどー!」と踏ん張っているのでした。
やがて嵐は静まりました。
海は何ごともなかったように穏やかになり、浜には朝日がキラキラ輝いておりました。そして、気がついたとびじろうがそこで見たものは、ちからつきて倒れているかまたろうのお父さんでした。

森に帰ったとびじろうは、クヌギの樹の上で空に浮かぶまあるいお月さまを見ながらつぶやきました。 「こんど行ぐどき、何か持って行ってやりでな。ドングリがいいがや? んだ!真っ赤な葉っぱもいいな!」
空でお月さまがホッコリ笑ったようでした。

おしまい。